第8回 リュウキュウコノハズク シダがマイホーム
2008.06.11
●うだるような暑さの宮古島
「ここにはコノハはいなさそうだなー」
「ああ、そうだな。だいたい島全体でも木が少ないし、あっても細いのばかりだもなんな」
今年6月、初めて沖縄県宮古島へオオクイナを見に行ったときの最初の印象である。鳥や虫の声を録音している上田秀雄さん(私に言わせれば録音屋だが、本人はネイチャーサウンドアーチストだと言っている)と私と妻の3人で、うだるような暑さの宮古島に4日間ほど滞在した。
でも、そんな心配は杞憂に終わった。暗くなってからオオクイナがいそうなちょっとした林の周辺を歩いているとき、リュウキュウコノハズクのあのとぼけたようなコホー、コホーという声が聞こえてきたのだ。なんだ、やっぱりいたんだ。とうれしくなったがそのときはそれだけのことだった。
滞在3日目の昼下がり、3人ともだらけきっていた。夕べ、いちおうはオオクイナを見ることができたし、ひどいもんだがシャッターも切った。上田さんもなかなかいい声が録音できたらしいし、もうみんな気が抜けてしまったような状態だった。それでも,私と上田さんは気を取り直して、飛んでいるサンコウチョウをねらってみることにした。しかし、まっすぐに飛ぶ鳥ではないのでそう簡単に撮れるものではない。樹間を飛ぶサンコウチョウを目で追うのが精一杯で、すぐいやになってしまった。
すると、さっきまで蚊が多いだの暑いだのとブーブー言っていた妻が、にこにことやって来た。「コノハを見つけたよ。うん、撮れると思う」と得意気に言うのだ。半信半疑で彼女の後について行き、指さす方を見ると本当だ。いるいる、コノハズクが木の枝に止まっているではないか。
私と上田さんは急にやる気が出てきた。コノハズクは道から一段低くなっているやぶの中で、比較的太い照葉樹に止まっている。少しずつ近づきながら撮影したが、コノハズクは警戒しているのだろうか、身動きひとつしない。
●オオタニワタリで営巣?
「これは営巣だね」
「うん、間違いないよ。こいつは見張りだ」
「でも、こんな木のどこでやっているんだ?」
と、私たちは腰をかがめて低い声で話した。その直後、近くのタブノキに着生しているオオタニワタリの辺りから何かが飛び去った。えっ!オオタニワタリ?と私は信じられない気持ちだった。
早々に撮影をやめて道に戻り、スコープでしばらく観察したが、タブノキの地上から4?5mの高さに着生したいるオオタニワタリは葉が大きく茂っていて中は見えない。周囲を歩いてみても細い木ばかりで、コノハズクが営巣できそうな樹洞はなかった。オオタニワタリはあちこちにあるので、目の高さに生えているのをよく見てみた。傘を逆さにしたように葉が生えていて、その中心の根元の所は柔らかい根がむき出しになっている。雨が降れば直接当たってしまうが、水がたまることはないし、産座には適しているようだ。
もしかしたらオオタニワタリで営巣?今までそんな事例は聞いたことがない。私は確かめたくてうずうずしてきた。このまま帰ったらずーっと気になってしまいそうだ。しかし、ウーン、どうしよう、とずいぶん迷ったが、とうとう誘惑には負けてしまった。記録用に短いレンズを持って、営巣していると思われるタブノキの隣の木に登った。
雌らしいコノハズクは、ずっと同じ所で私をにらんでいる。オオタニワタリと同じくらいの高さまで登ったが、葉が大きくて中までは見えない。こちらの木はもうこれ以上は細くて登れないし、エーイ、ごめんよと、そちらの木に乗り移った。その途端、私はコノハズクに襲われた。小さな鳥なので衝撃も小さかったが、コノハズクが人間を襲うなんてきっと珍しいことだろう。後で見たら、首の後ろの下の方に親鳥の爪痕が針でつついたような傷になって2?3付いていた。親鳥はすごいなーと改めて感心したが、ゆっくりはしていられない。まだ本当に小さな雛が3羽、思ったとおりオオタニワタリの中にちょこんといたのである。
私は4?5回シャッターを切り、そそくさと木から滑り下りた。ああ、やっぱりオオタニワタリで営巣していたんだ。すごいや、フクロウの仲間では地上で繁殖するものもいるのだから、そう驚くことではないのかもしれないが、緑も鮮やかなオオタニワタリだということで私はすっかり感激した。さっき私を襲った雌らしいコノハズクは最初の枝に戻っていたが、雄と思われるもう1羽は林のずっと奥にいるようだ。私は自分のしたことを棚に上げて、雄は弱虫だなと思ってしまった。
翌日の東京へ帰る日に、またコノハズクを見に行ってしまった。私たちの気配を感じてか怖い顔でにらんでいたが、昨日と同じ見張り場の枝に止まっていたので安心する。脳天気な妻は手を振って「昨日はごめんね、がんばって赤ちゃんを育ててね、元気でねー、バイバーイ」なんて、その場を去りながら言っていた。
時期が悪かったのかオオクイナこそじっくりとは見られなかったが、私たちはもう大満足だった。飛行機の時間までにはまだずいぶんあったが、空港で生ビールを飲もうという上田さんの提案には大賛成で、大慌てで空港へ向かったのだった。
※編集部注
南西諸島で繁殖するコノハズクの個体群(「日本鳥類目録 改訂第5版」ではコノハズクOtus scopsと同種の1亜種、リュウキュウコノハズクO.s.elegansとされている)に対して、本誌では現在のところ「世界鳥類和名辞典」に従い、セレベスコノハズクOtus manadensisという種名を当てている。
ここでは著者の意向により、別の学説に基づいて上記の個体群にリュウキュウコノハズクO.elegansという種名を使用した。
なお、現在準備中の「日本鳥類目録 改訂第6版」では後者が採用されるという(日本鳥学会誌41(3/4):80~83)。
“バードウォッチングマガジン「BIRDER」(文一総合出版)に1994年4月号から、9回にわたって連載していたものです。”