第7回 シマフクロウのバンディング

2008.06.12

●シマフクロウのバンディング
今年5月下旬、私はようやく北海道へ入ることができた。ゴールデンウィークには長崎県対馬へ行き、帰るとすぐに新潟から佐渡に渡り、春の草花とケージの中の寂しいトキを見てきた。その後、はやる気持ちを抑えて泣く泣く実家の引っ越しを手伝って、やっとのことで釧路行きの船に乗ったのが25日の夜。年頭の予定ではちょっと青森ものぞいてみるつもりでいたが、もう日にちがないとパスした。

27日の早朝、釧路はガスっており、接岸がだいぶ遅れる。シマフクロウのバンディングはもう始まっていて、今日の午後から私も加わり、得意の(得意だったと過去形にすべきかもしれないが)木登りを披露することになっている。根室へ向かう途中、ガスでけむる牧草地に夏羽のアマサギがいた。しかし私は横目で見るだけで、頭の中はもうシマフクロウでいっぱいだ。

1980年以来、私はシマフクロウの写真は撮っていない。最後の撮影のときから今までに何度かの出会いはあったが、写真はあえて撮らなかった。シマフクロウの保護、増殖に懸命になっている高田勝さんと、「もうシマフクロウばだいじょうぶ、安心して見においでよ」と言える日までは撮影は見合わせようと約束していたからだ。シマフクロウが、1日も早く1羽でも増えることを祈って。

それが今日、シマフクロウに会える。それも昼間にだ。バンディングの記録の許可ももらっている。保護増殖のための研究の一環であるバンディングチームに参加させてもらい、高田さんといっしょのバンディングチームででシマフクロウにレンズを向けるのだ。「高野さん、いっしょに来たかったね…」少女のような感傷が頭をよぎった。

●いよいよ木に登る
私が参加した初日はあいにくの大雨となった。
雛がぬれてはかわいそうなので、巣箱をのぞいて雛の大きさと数を確認するだけにした。土砂降りの雨の中、私が雨ガッパのままスルスルッと木に登って巣箱をのぞくと、ほかのメンバーはみんな、私のあまりのすばやさに驚いていた。本当は少し息切れがしたが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。ドラム缶ほどもある大きな巣箱なのに、明日にでも巣立ちそうなくらいに成長した雛は1羽でも窮屈そうだ。嘴を盛んにカチカチ鳴らして、突然現れた私をにらんで体全体で怒っている。

翌日の午後、好天を待ってハンディングは無事終了した。シマフクロウは雛とはいえ、嘴も足の爪も本当に鋭いし、体重も2kg以上ある。そんな鳥のバンディングはとてもたいへんだが、1分1秒でも早く巣へ帰してあげなければならない。親鳥は雛に心を残しながらも、森の奥へ姿を消してしまったようだ。高田さんや環境庁のお役人をはじめ総勢8人。環境庁から来られた2人のうちの1人は獣医さんだ。みんな連携プレーですばやく作業をする。初参加の私は、手慣れたみんなの邪魔にならないようにして記録写真を撮る。考えてみればシマフクロウを撮影したのは14年ぶりのことだったが、忙しくてそんな思いにひたっている余裕はなく、作業が終わると私はまた木に登って、エレベーターがわりのかごからはみ出しそうなくらい大きな雛をそっと巣箱へ帰してあげた。

昔、高野さんが撮影したシマフクロウの子孫に会えたのは、私がバンディングに参加した2か所目だった。ここの親鳥はかなり気が強く、事前に人間が巣箱の木に近づくだけで襲ってくるので注意するようにと言われた。実際に襲われて、けがをしたバンダーもいるらしい。親鳥にすれば、巣立ち間際までようやく育てあげた雛に危険が迫っているとしか思えないのだから無理もない。体を張ってでも阻止するしかないのだろう。それくらいの親鳥でなければ、こんな貧相な自然の中での子育ては難しいだろうし、見守る側もかえって安心なくらいだ。

ここの雛2羽はバンディング当日すでに巣立っていて、巣箱がかけてある木の枝先に止まっていた。低いほうの枝にいる雛を山本純郎さんが降ろそうとすると、1羽の親鳥が山本さんを目がけて音もなく飛んでくる。途中ヒヤッとする場面もあったが、山本さんはみんなの見守る中、無事雛を下に降ろし、ほかの人たちとあわただしく測定を始めた。次はいよいよ私の出番だ。靴は、木登りがしやすいように地下足袋に履き替えてある。もう1羽の雛は、太い幹から45°くらいの角度で斜め上に向かっている枝の先にいる。地上からの高さ7?8mくらい、幹から枝を伝って雛までの距離は10mほどもあるだろうか。雛を入れて降ろすために、今回は大きめのザックを持っていく。2羽の親鳥は数十mほど離れた別々の木に止まっていて、じっとこちらの様子をうかがっている。

●頭を蹴られた!
両手でも抱えきれないほどの幹にエイッと取りついて、両腕と両足を使って登っていく。すぐに枝に移ったが、こちらもちょうど両手で抱えられるくらいでなかなか太い。こんなに大きな木に登るのは本当に久しぶりだ。植木屋の仕事をまったくしなくなってからもうずいぶんたつんだ…ふとそんなことを思った瞬間、「右手前方っ!」「来た、来たっ!」という声がしたかと思うと、大きな物影が視野に入った。同時に木から蹴落とされそうな風を感じた。私はとっさに木の下側に回り込んで、親鳥の攻撃をやり過ごした。

親鳥は私の頭を確実にねらってきている。私の頭をかすめて飛んでいき、今度はさっきとは反対側の木に止まったようだ。ヘルメットは用意してきたがかぶらなかった。攻撃をうまくかわす自信があったし、硬いプラスチックむき出しの私のヘルメットでは、シマフクロウにけがをさせてしまう恐れがあったからだ。気を取り直してまた登り始めると、今度は「後ろっ!」という声がする。またもや木の下側に回り込んで横目で見ると、シマフクロウは翼をいっぱいに広げて音もなく一直線に私に向かって飛んでくる。あまりの恰好よさに、つい見入ってしまいそうになるが、今はそんな場合じゃない。

ようやく雛に手が届き、私は雛の両足を持ってザックに入れようとした。逆さに入れてはかわいそうだし…しかし、雛はかなり大きくてザックにはうまく入らない。雛はまだ飛べないが翼を膨らませ、嘴をカチカチ慣らして怒っている。木の上で時間をかけるよりも、とにかく雛を早く降ろす方が先決だと判断して、ザックは下へ落としてしまい、私は雛を持ったまま降りることにした。

すると「あっ、前、前っ!」「来たよ!」と言う声がした。次の瞬間には、親鳥の大きな足がすぐそこに迫っている。またまたすばやく木の下側に回り込もうとするが、今度は雛を持っている片手がふさがっていてうまくいかない。頭に軽い衝撃を感じたが、布製の帽子を蹴り落とされただけで済んだ。「拓ちゃんの華麗な木登り」という前評判には程遠かったかもしれないが、私は感激でいっぱいだった。シマフクロウが俺の帽子を蹴っちゃった。アハーッ!これは、誰もが経験できることではないんだ。スゴイナー。シマフクロウファンのみなさんには申し訳ないが、これは役得というものだ。

下で見守っていてくれた高田さんに手を伸ばしてやっと雛を渡し、ポンと地上に飛び下りた私はうれしくてニヤニヤしていたらしい。シマフクロウに蹴られた帽子には、一筋の傷も残っていなくて少しがっかりした。爪跡でも残っていたら最高にうれしくて、一生の宝にしたのに。親鳥はもうあきらめたのか、最初に止まっていた遠くの木でじっとこちらを見ている。きっと心配なんだろう。すぐに終わるよ。大丈夫だよ。そんなふうに思いながら、私は作業の様子にカメラを向けた。

2羽の雛の測定は着々と進み、私が降ろした雛の翼開長はなんと129cmもあった。最後に皮膚の一部をちょっぴり切り取って、そこを消毒して薬をつけ、足環をつけると作業完了。皮膚の組織は、雌雄の別を調べるためにすぐに大学の研究室に送られるのだそうだ。

●シマフクロウの将来……
個体数が少なく、生息できる場所も少なくなっているシマフクロウを増殖させるためには、雌雄の別を知ることは大きな意味がある。私がバンディングに参加したうち、1か所めの親鳥は年は違うが同じ親から生まれた姉弟が夫婦になっているのだそうだ。今年生まれた、あのやんちゃな雛には今のところ何事もなかったが、今後生まれる雛に何か悪い影響が出ないかと、山本さんや高田さんはとても心配していた。巣立った幼鳥が移動できる場所がないうえに、血縁以外の相手を見つけられなかったという悲しい結果なのだ。

私は、つい先日見てきたばかりのケージの中のトキを思い出した。十数年前、私は幸運にも環境庁の調査員の一人に加わって、まだぎりぎり野鳥だったトキをこの目で見ることができた。夕闇の中をねぐらに向かって飛んでいくあの美しい姿は、もう2度と見ることはできない。シマフクロウをトキのようにさせてはいけない。絶対に、
今回私が見たシマフクロウの森は、とても明るくて薄っぺらで、予想以上に貧相でとても驚いた。こんな中での野生生物の保護増殖といっても、人間ができることは限られているかもしれない。しかし、手をこまねいて見ているだけではだめなのだ。山本さんや高田さんたちが地道に行っている調査で、今まではまだわからなかったシマフクロウのいろいろなことが少しずつわかってきている。それが保護増殖の好結果へと、確実につながってているのだ。

シマフクロウが好きで頑張っている人たちの仲間に、ほんのわずかな時間ながら私も加わることができて、本当に幸せだったと思う。出っ張りすぎた腹をシェイプアップして、来年こそ「拓ちゃんの華麗な木登り」を披露したいものだと思っている。
シマフクロウのことだとつい長くなってしまうが、これまでもまだ半分も書いていないような気がする。消化不良になった読者の方は、高田勝さんが山本純郎さんとシマフクロウのことを書かれた『飛びたてシマフクロウ』(あかねノンフィクション・4、あかね書房)を読んで下さい。山本さんや高田さんの頑張りがわかります。


“バードウォッチングマガジン「
BIRDER」(文一総合出版)に1994年4月号から、9回にわたって連載していたものです。”

 

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