第1回「世界一」のフクロウ

2008.06.18

青森県弘前市はリンゴの町である。市の中心地はともかく、少し郊外へ出ると、広大なリンゴ畑が広がっている。美しくそびえる、弘前市のシンボルともいえる岩木山の裾野は、車で数十分走っても、よく手入れされたリンゴ畑がずっと続いているのだ。

リンゴの花が盛りのころに弘前を訪れたいとずっと思っていたが、この時期は1年のうちでも、行きたい所がいちばん多い季節である。リンゴが赤く実るころには何度も訪れていたが、花が咲く5月上旬の弘前にはなかなか行けなかった。

1991年4月末、ほとんど毎年の恒例となっていたこの時期の対馬行きに、出発ぎりぎりまで心を揺さぶられ、まさに後ろ髪を引かれる思いで青森に向かった。実は出発前に、八戸市在住の鳥ヤ(鳥屋さんではなく、鳥好きの人のこと)の宮彰男(大学の後輩なので、当然いつも呼び捨て)から、弘前市在住のやはり鳥ヤである飛鳥和弘さんを紹介してもらっていた。

普通、人を紹介するというのは、お互いに知り合っている人の一方が、初対面の者にもう一方の人を引き合わせることをいう。しかし、青森県人に限って(?)はそんなことは関係ない。宮は飛鳥さんとは一度も会ったことはなく、電話で何度か鳥の話をしただけだという。飛鳥さんに会うときに同行するならまだしも、宮は「電話しときましたから、大丈夫です」と、あっけらかんと言うばかり。青森県人のおおらかさに、俗人の私は少々不安になりながらも、とにかく弘前に行って飛鳥さんに会うことにした。

弘前で飛鳥さんにお会いし、さっそくフィールドを案内していただいた。口数の少ないおとなしい人だが、私を案内することを迷惑がっている様子ではないので、とりあえず安心する。仕事を抜け出してきた飛鳥さんは、効率よくあちこちを回って下さる。飛鳥さんは鳥の中でも猛禽類がいちばん好きなようで、何か所かでフクロウの繁殖を見守っているという。案内していただいた所は、私にはそれぞれうきうきするような場所ばかりだった。なかで最も気に入ったのは、やはりリンゴ畑のフクロウだった。

花はまだ硬いつぼみだったが、木の幹の裂け目の巣穴は、なんと目の高さ。そっと巣穴をのぞいてみると、頭のてっぺんにまだポヤポヤの産毛が残っている。かわいらしいヒナが2羽いた。巣立ちまで、あと1週間ほどかかるだろうか。ブルーのガラス玉のような大きな目をパチクリさせて、1羽は怪訝そうに、もう1羽は興味津々という顔で私を見ている。フクロウ類の鳥たちはどうしてだろうか、目が合うとこちらの方がどぎまぎしてしまう。私は「ごめん、ごめん、大丈夫、大丈夫」などと、ぶつぶつ言いながら巣穴から離れた。

飛鳥さんに、そのリンゴ畑の持主である古山直義さんご夫妻を紹介していただいた。ご夫妻は、畑の作業をするときにもフクロウ親子にとても気をつかって大事にしており、そこでフクロウが繁殖していることがとてもうれしそうだった。仕事の手を休ませてしまったのに、にこにこしながら話をして下さり、撮影することを快く許可して下さった。

初めて会った飛鳥さんに古山さんご夫妻を紹介していただき、その夜にも飛鳥さんの鳥ヤ仲間である、弘前市在住の菊地弘保さんを紹介していただいたのだから、おかしな話である。いや、鳥ヤの間ではこんなことは日常茶飯事なのかもしれない。そんな出会いが楽しくて、初対面でも鳥のことを話していると、本当に時間を忘れてしまうのだ。

夕方、フクロウの自動撮影のセットをしたあと、その日泊まる近くの温泉宿で、飛鳥さんや菊地さんとともに、お二人が撮った鳥の写真を見ながら夜更けまで鳥や写真の話をした。菊地さんは写真を撮るようになってまだ日が浅いというが、どうしてすばらしい写真が多い。話すにつれて、二人の温厚な人柄がだんだんとわかってきて、とても楽しかった。

フクロウの巣があるリンゴの木の花が咲くのを数日待ったが、5月に入っても気温が上がらず、私は花が咲かないうちに帰らなければならなくなった。最後の日にまた古山さんのリンゴ畑に行くと、ご夫妻はリンゴの手入れに余念がない。1本だけ花の咲くのが遅れているフクロウの木は、「世界一」という品種だと古山さんから教わった。なんていい名前なんだろう。なんてはずらしい所でお前たちは生まれたんだろう。なんだか私まで誇らしくなった。

だいぶ大きくなったヒナたちは、ずいぶん精悍な顔つきになっていた。巣穴の入口まで出てきて、私を見送ってくれた。辺りは薄紅色のリンゴの花が満開で、甘い香りが漂っている。「世界一」はまだつぼみだが、2羽のヒナが巣立つときには、きっと満開となって巣立ちを祝ってくれるだろう。

“バードウォッチングマガジン「BIRDER」(文一総合出版)に1994年4月号から、9回にわたって連載していたものです。”

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