第2回 地上のトラフズク

2008.06.17

漫画家の岩本久則さんは、年期の入った鳥屋として有名である。最近はクジラにも夢中で、かなりの思い入れで浮気をしているが、もともとは大のフクロウ好き。岩本さんのお宅にお邪魔すると、いつもフクロウ類の話で盛り上がって、つい時間を忘れてしまう。それでもお互いに、自分が撮った写真のことや、最近見た鳥の自慢話をしないうちは帰るわけにはいかないし、岩本さんも私を帰してはくれない。

もう15年ほども前のことで記憶はあいまいだが、私はいつものように突然フラッと岩本さんのお宅にうかがった。岩本さんは会うなり得意満面で、「いい話があるんだよ!」と切り出す。このときの誇らしげな無邪気な岩本さんの顔は、今でもよく覚えている。少々じらされながらも話を聞くと、数日前NHKニュースで八ヶ岳高原でのトラフズクの繁殖の様子が放送されたというのだ。最近でこそトラフズクの繁殖は珍しいものではなくなったが、当時はまだまだそうは情報もなく、テレビでトラフズクの繁殖が放送されるなんて、それこそたいへんなニュースだった。それに、そのトラフズクは地上で繁殖しているというのだから、ますますうれしくなった。トラフズクをじっくりと見られるかもしれないし、もしかしたら写真だって撮れるかもしれない。話しているだけでドキドキして、2人とももうすっかり浮き足だってしまった。

テレビではもちろん、詳しい場所までは放送していない。ならば、地元の人に聞くのがいちばんだということになって、私はさっそく、山梨県甲府市にお住まいの依田正直さんに電話をした。依田さんは現在、山梨県の鳥獣保護センターに勤務されているが、当時は甲府市内の中学校教師だった。そのころから山梨の野鳥のことなら何でもご存じで、とても頼りになる方だ。依田さんはやはりその場所をご存じで、案内をお願いをすると快く承諾して下さった。

6月の始めころ、2人のフクロウ好きおじさん(当時の私は、まだおじさんの一歩手前だったが)ウキウキ気分で中央高速を走った。依田さんとの待ち合わせ場所まで、どんなふうに写真を撮ろうかなどと,まだ見もしないトラフズクのことをあれこれ話していたら,あっと言う間に着いてしまった。

現地に着いて、依田さんが指す方向をそっと見ると、やぶの中でだいだい色の目をした角のあるフクロウが「うるさいやつらが来たな」とでも言いたげな顔でこちらをにらんでいる。「ああ、本当だ!トラフズクだぁ…にらんでいるよぉ」と、ウキウキおじさんたちはにらまれることさえうれしくて、ますますデレデレしてしまう。

トラフズクはカラスやオオタカの古巣を利用して繁殖するものがほとんどで、地上での繁殖はそう何例もない。聞いたことはあっても、実際に自分で見たのは岩本さんも私も初めてだった。舞い上がってしまいそうな気持を何とか落ち着かせて、少々遠いもののこちらをにらんでいるトラフズクをとりあえず1枚撮る。すると、トラフズクはフワッと飛び上がって林に消えてしまった。巣にはかえったばかりのヒナが3羽、キョトンとした顔でこちらを見上げている。顔が黒いヒナはなんとなくこっけいで、自然に笑いが込み上げてくる。

次に2人は、光電管での自動撮影のセットを、写真の仕上がりを想像しながらやり終えた。依田さんは黙って見ていて下さったが、きっとニヤニヤしていただろう私たちを見ていて、おかしくてたまらなかったかもしれない。穏やかな笑顔で、「まあまあ,頑張って」と言ってく下さり、お帰りになった。

私たちも少し離れた所に止めていた車に戻って,まんじりともせずに朝を迎えた。だいたい私は機械撮影が好きではないし、それだけ苦手である。岩本さんは機械が好きだが、はっきりドジなのだ。そんな2人がセットした自動撮影は、はたしてうまくいっているのだろうか。カメラを回収してトラフズクに最敬礼すると、2人はいちもくさんに東京へ帰った。

私の現象の仕上がりはまあまあで、ホッと胸をなで下ろした。岩本さんは大丈夫だっただろうか。心配になってお宅へ伺うと、岩本さんは鼻高々で写真を見せてくれた。私は35mmカメラだが、岩本さんは6×6判カメラでなんとスウェーデン製のハッセルブラード。判の大きさだけでなく、写真の出来ばえはどう見ても岩本さんのほうがよい。岩本さんも撮れていてうれしいやら、何だか悔しいやら、複雑な気持ちになってしまったものだ。

私はその後すぐ、岩本さんに負けないようにハッセルブラードを買ってしまった。アハハ…

その後、地上のトラフズクは無事に巣立ったと聞いた。このとき以来、地上での繁殖は確認されておらず、トラフズクが繁殖した場所は間もなく開発されてしまった。しかし、声だけは近くの林から毎年聞かれているらしいので、またうれしいニュースが聞かれる日を心待ちにしている。

“バードウォッチングマガジン「BIRDER」(文一総合出版)に1994年4月号から、9回にわたって連載していたものです。”

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